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シリアの人々

私がシリアを訪れたのは2010年春のこと。
それから1年もしないうちに反政府運動が起こった。
戦いは泥沼化し、今日も激しく続いている。

反政府運動の中心地・ホムスには観光地にいく途中で立ち寄った。
道を渡ろうとしただけで
 「どこへ行くの?」
と声をかけてくれた若者がいた。
バスにのれば隣席の夫婦が
 「ハイ、アメちゃんあげよう」
とレモンの飴をくれた。
バスの運転手は
 「ガイジンさんは珍しい」
と喜んで、料金をタダにしてくれた。

あの若者は今、戦いの中にいるかもしれない。
アメをくれたおばちゃんは家族を失っているかもしれない。
運賃をまけてくれた運転手は無事だろうか。

遺跡でピクニックしている家族連れに
「いっしょにゴハンを食べよう」
と誘われた。
大家族の一人ひとりを紹介をしてくれた。
そのうち一人が警察官だった。
柔和な顔したおじさんで、青いストライプのシャツを着て、
「今日は休みなんだ」
と口数すくなに微笑んでいた。

警察官は政府側になる。
内戦の中で、あの家族はどうしているだろう。
柔和な顔をしたおじさんは、反政府軍に銃を向けているのだろうか。

ハマの町では町の人たちみんなから
 「ウエルカム!」
と声をかけられた。
 「シリアに来てくれてうれしいよ」
とすれ違いざまに言われた。
子供や若者が次々と私をとりかこんだ。
みんなで写真をとったり、ジュースをのんだり、くだらないことをお喋りした。
女の子たちは私の髪型を珍しがった。
赤ちゃんを連れたお母さんが
 「この子といっしょに写真を撮ってくれ」
とやってきた。
その赤ちゃんだって、もう生きていないかもしれない。

毎日ながれているシリア内戦のニュース。
日本でテレビを見ていると遠い話に思えてくる。
だけど、ハマの爆発で死んだのは、あの子かもしれない。
画面に映しだされた兵士は、あのときの若者かもしれない。
難民としてトルコへ逃げていったのはあの少女かもしれない。
懐かしいハマやホムスの町が戦場としてニュース画面に映しだされるたび、そんなことを考える。

私にお茶をおごってくれた優しい人が、私に道を教えてくれた優しい人を殺している。
戦争は天災とは違う。
やめることができるはずなのに。

そしてまた思い出す。
町中にかざられたアサド大統領の似顔絵を。
先生の指示で、
 「アサド大統領からニッポンのハトヤマ大統領へ『ようこそ』を言います」
と声をそろえた小学生たちの瞳を。
彼らは今、何を思っているだろう。

ハマの時計塔
(ハマの時計塔)

| シリア | 14:50 | comments:2 | TOP↑

COMMENT

この記事、読んだだけで涙ぐんでしまいました。
シリアの人々は本当に親切だった。
旅をしたおかげでニュースで見る出来事が遠いどこかの話ではなく、あの人やこの人のことになる。
本当にグルメ・ドライバーさんはどうしているだろう、お茶をごちそうしてくれた美人のお母さんはどうしているだろう。
非は明らかに政府側にあるのに、こんな状態を止められない「国連、国際社会」ってなんだろう、とむなしくなってしまいます。

| lunta | 2012/06/20 09:56 | URL | ≫ EDIT

Re: タイトルなし

>luntaさん
外国は戦争を止めるどころか武器を供給している始末。
米露の勢力争いの場にされているようで、本当に酷い話です。
親切な人たちの暮らす国に、一刻も早く平和が戻ってきますように…。

| だだ | 2012/06/20 13:27 | URL |















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