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コカ・コーラのある風景

子供の頃、
「将来の夢は?」
ときかれたら
「世界征服!」
とふざけて答える男子がクラスに一人はいたものだ。
「アホやなあ、世界征服なんてできるわけないのに」
と子供心に思っていた。
ナポレオンもアレキサンダー大王もチンギス・ハーンも、世界征服とまではいかなかった。

ところが旅をしてみれば。
世界って、実はすでに征服されちゃっていることがわかった。
・・・コカコーラ・ボトラーズに。

アフリカでは水よりもコカ・コーラのほうが安かったし

ザンビア・コーラ
(ザンビアの食堂で)


北極圏ではシロクマが宣伝していたし

シロクマコーラ
(フィンランド・サーリセルカ)


インド奥地の小さな村にも、コカ・コーラの看板はちゃんと存在した。

インドコーラ
(インド・ザンスカール山脈の村)

私は普段ほとんどジュースを飲まないのだけれど。
南国の燃えるような太陽の下で飲むコカ・コーラはうまかった。


イースターコーラ
(イースター島・モアイと共に)


ただし、ペルーだけは、コカ・コーラよりもインカ・コーラのほうがたくさん売ってたけど。

iphone_20110322074845.jpg


そういえば、ドイツ人の女の子が
 「ビールをコーラで割るとすっごく美味しいのよ!」
って教えてくれたっけ。
今度やってみようかな。

| 集めてみた | 09:59 | comments:0 | TOP↑

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シリアの人々

私がシリアを訪れたのは2010年春のこと。
それから1年もしないうちに反政府運動が起こった。
戦いは泥沼化し、今日も激しく続いている。

反政府運動の中心地・ホムスには観光地にいく途中で立ち寄った。
道を渡ろうとしただけで
 「どこへ行くの?」
と声をかけてくれた若者がいた。
バスにのれば隣席の夫婦が
 「ハイ、アメちゃんあげよう」
とレモンの飴をくれた。
バスの運転手は
 「ガイジンさんは珍しい」
と喜んで、料金をタダにしてくれた。

あの若者は今、戦いの中にいるかもしれない。
アメをくれたおばちゃんは家族を失っているかもしれない。
運賃をまけてくれた運転手は無事だろうか。

遺跡でピクニックしている家族連れに
「いっしょにゴハンを食べよう」
と誘われた。
大家族の一人ひとりを紹介をしてくれた。
そのうち一人が警察官だった。
柔和な顔したおじさんで、青いストライプのシャツを着て、
「今日は休みなんだ」
と口数すくなに微笑んでいた。

警察官は政府側になる。
内戦の中で、あの家族はどうしているだろう。
柔和な顔をしたおじさんは、反政府軍に銃を向けているのだろうか。

ハマの町では町の人たちみんなから
 「ウエルカム!」
と声をかけられた。
 「シリアに来てくれてうれしいよ」
とすれ違いざまに言われた。
子供や若者が次々と私をとりかこんだ。
みんなで写真をとったり、ジュースをのんだり、くだらないことをお喋りした。
女の子たちは私の髪型を珍しがった。
赤ちゃんを連れたお母さんが
 「この子といっしょに写真を撮ってくれ」
とやってきた。
その赤ちゃんだって、もう生きていないかもしれない。

毎日ながれているシリア内戦のニュース。
日本でテレビを見ていると遠い話に思えてくる。
だけど、ハマの爆発で死んだのは、あの子かもしれない。
画面に映しだされた兵士は、あのときの若者かもしれない。
難民としてトルコへ逃げていったのはあの少女かもしれない。
懐かしいハマやホムスの町が戦場としてニュース画面に映しだされるたび、そんなことを考える。

私にお茶をおごってくれた優しい人が、私に道を教えてくれた優しい人を殺している。
戦争は天災とは違う。
やめることができるはずなのに。

そしてまた思い出す。
町中にかざられたアサド大統領の似顔絵を。
先生の指示で、
 「アサド大統領からニッポンのハトヤマ大統領へ『ようこそ』を言います」
と声をそろえた小学生たちの瞳を。
彼らは今、何を思っているだろう。

ハマの時計塔
(ハマの時計塔)

| シリア | 14:50 | comments:2 | TOP↑

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世界の果ての博物館

写真整理をしていたら、こんなのが出てきた。
初めてみたらけっこうビックリする。

パタゴニア先住民1

パタゴニア先住民2

パタゴニア先住民3

ここに写っているのは、宇宙人でもウルトラマンでもショッカーでもない。
パタゴニアの先住民だ。
アルゼンチンのウシュアイアにある、
『世界の果て博物館』
に飾られていた、先住民の写真。
たしかヤマナ族。
モンゴロイドだ。
私たちと同じ。

ウシュアイアは南米大陸の最南端の町。
大陸の端っこだ。
この地の先は、もう南極。
冬は極寒だし一年中風がごうごう吹いている。
厳しい、厳しい土地だ。
そこに彼らは住んでいた。
裸んぼうで。
生まれたままの姿で。
自然のままに暮らしていた。
漁をし、狩りをし、木の枝でつくった家に住んだ。
冬には毛皮をまとっていた。

そこに白人がやってきた。
文明をもちこんだ。
神様をもちこんだ。
病気までもちこんだ。
そして彼らは滅ぼされた。
文化は、失われた。

墓標

| アルゼンチン | 16:58 | comments:2 | TOP↑

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なんか怖い壁画

南米の街にはあっちこっちに絵が描いてある。
大都会ブエノスアイレスでは迫力のあるアートがよく見られた。

art.jpg

だけど、一番インパクトがあったのは、この絵。
ボリビアの田舎、炭鉱の町ポトシで見つけた絵。

ポトシの壁画

添えられている言葉はたぶん

「私のことを考えて
 いつでもずっと考えて
 あなたがもう一度愛してくれたなら・・・」

みたいな感じだと思う。
スペイン語わからん。

わからんけど、このお姉さんはとにかく

ポトシの壁画2

怖いねん。

| ボリビア | 20:29 | comments:4 | TOP↑

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エクアドルの首都

エクアドルの首都・キト。

キト看板

赤道直下のくせに、キトは寒い町だった。
標高が高いからだろう。
それに毎日、雨が降っていた。

キト観光の中心は、セントロ・ヒストリコ。
町の中心・・・と呼ぶには小さな広場だ。
ベンチにはお年寄りが、路上には靴磨きの少年たちが、角には物売りのおじさんおばさんが。
大勢の人たちがひしめきあっていた。

広場が狭いせいか、天気が悪いせいか、それとも貧しさのせいか。
キトは、ちょっと窮屈で暗いイメージの町だ。

通り

街角

だけど、キトの人たちは優しかった。
すごくすごく親切だった!

バスを探してうろうろしてたら、おばちゃんが声をかけてくれる。
 「どこ行くの?」
セントロ・ヒストリコです。
 「じゃあこのバスよ、乗って乗って!」
バスの中では、また違うおばちゃんが面倒みてくれる。
バスを降りると、こんどは違うおじちゃんが道を教えてくれる。
 「わからないことがあったら、観光案内所があそこにあるから!」
翌日も、バスターミナルでは何も言わないうちから
 「赤道記念碑へ行くならこっちこっち!」
案内しまくってくれたお兄さんがいた。
あ、そういえば
 「ほれ外国人!あそこの店においしいものがあるから食べておいで!」
と、インディヘナのおばあちゃんに連行されたこともあったなあ。

クイ焼き

クイの丸焼き。
おいしかった。

キトは治安が悪いって聞くけど、幸い、怖いと思うことは一度もなかった。
それどころか常時迷子な私にとって、キトは歩きやすい町だった。

| エクアドル | 10:16 | comments:0 | TOP↑

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